EC成長の羅針盤「ノーススターメトリクス」とは?設定方法と活用事例

EC ノーススターメトリクス

ECビジネスを運営していると、売上高、転換率、客単価、リピート率、広告費用対効果など、追うべき指標が次々と増えていきます。毎日のように様々な数字を確認しているものの、「結局、何を最優先で改善すればいいのか」が見えなくなっていないでしょうか。

そんなEC事業者に注目されているのが「ノーススターメトリクス(North Star Metric/NSM)」という考え方です。これは、顧客への価値提供とビジネス成長を同時に表す、組織全体が追うべき「たった一つの最重要指標」を意味します。本記事では、ECにおけるノーススターメトリクスの考え方と、実践的な設定方法を解説します。

目次

ノーススターメトリクスとは何か

ノーススターメトリクス(以下、NSM)とは、事業の成長と顧客への価値提供を最も端的に表す指標のことです。直訳すれば「北極星指標」。航海者が北極星を目指して進むように、組織全体が同じ方向を向いて進むための羅針盤となる数字です。

一般的なKPIとの違い

多くのEC事業者は「月商」や「営業利益」を最重要指標としています。しかし、これらは事業活動の「結果」であり、「どうすれば改善できるか」が見えにくい数字です。一方、NSMは成長の「ドライバー(駆動要因)」を表す指標です。

例えば、「月間リピート購入者数」をNSMに設定した場合、この数字を増やすために「商品ラインナップの拡充」「メルマガの改善」「ポイントプログラムの最適化」など、具体的な施策が見えてきます。結果として売上が伸びるのではなく、顧客価値を高める行動が売上につながるという因果関係が明確になるのです。

優れたNSMの3つの条件

どんな指標でもNSMになれるわけではありません。優れたNSMには3つの条件があります。

1. 顧客が得る価値を反映している 単なる売上数字ではなく、「顧客がこのECサイトから得ている価値」を数値化している必要があります。顧客が何度も戻ってくるのは、そこに価値があるからです。

2. ビジネスの成長を表している 顧客満足だけでなく、ビジネスとしての成長可能性も同時に示す指標である必要があります。NSMが伸びれば、必然的に売上や利益も伸びる関係性が求められます。

3. 測定可能で、定期的に追跡できる 理想的な概念ではなく、週次や月次で実際に数値を追跡できる指標である必要があります。データが取得できなければ、改善サイクルを回せません。

EC業態別のノーススターメトリクス例

NSMは業態によって大きく異なります。自社のビジネスモデルに合った指標を設定することが重要です。

総合ECモール型

NSM例:月間アクティブバイヤー数

Amazonや楽天市場のような総合ECモールでは、何人の顧客が実際に購入しているかが最重要指標です。商品数や訪問者数ではなく、「実際に買い物をした顧客数」が顧客価値とビジネス成長の両方を表します。

サブスクリプションEC

NSM例:アクティブサブスクライバー数

定期購入モデルでは、継続している会員数が最も重要です。単月の売上ではなく、毎月支払い続けてくれる顧客の数が、顧客が得ている価値と将来の収益性を同時に表現します。

単品リピート通販

NSM例:月間リピート購入回数

健康食品や化粧品などの単品リピート通販では、同じ顧客が何度も購入することが収益の源泉です。新規獲得だけでなく、既存顧客の購入頻度を高めることが成長のカギとなります。

D2Cブランド

NSM例:月間エンゲージメント購入者数

自社ブランドを展開するD2Cでは、単なる購入者ではなく、SNSでのフォローやコミュニティ参加など、ブランドと深く関わっている顧客の数が重要です。この層が口コミを生み、新規顧客獲得につながります。

マーケットプレイス型

NSM例:月間完了取引数

メルカリのようなC2Cマーケットプレイスでは、出品数や登録者数ではなく、実際に取引が成立した数が価値を表します。買い手と売り手の両方が満足して初めてカウントされる指標です。

ノーススターメトリクスの設定方法

自社のNSMを設定する際は、以下のステップで進めることをお勧めします。

ステップ1:自社の顧客価値を言語化する

まず、「顧客は何のために自社ECで購入するのか」を明確にします。

  • 「欲しい商品が確実に手に入る」(品揃え)
  • 「毎回買うものが決まっている」(利便性)
  • 「新しい発見がある」(キュレーション)
  • 「コミュニティの一員になれる」(帰属意識)

この顧客価値が、NSM設定の出発点になります。

ステップ2:その価値を数値化できる指標を探す

言語化した顧客価値を、測定可能な数字に変換します。

例えば「毎回買うものが決まっている」という価値なら、「月間リピート購入者数」や「定期購入継続率」が候補になります。「新しい発見がある」なら「月間複数カテゴリ購入者数」が適切かもしれません。

ステップ3:ビジネス成長との相関を検証する

候補となる指標と、売上や利益の相関関係を過去データで検証します。NSMが伸びているタイミングで売上も伸びているか、逆にNSMが下がると売上も下がるかを確認します。

相関が弱い場合は、その指標はNSMとして適切ではありません。

ステップ4:測定・追跡の仕組みを構築する

NSMを定期的に追跡できるダッシュボードを作ります。Google Analytics、Shopifyの管理画面、BIツールなど、使用しているシステムに応じて最適な方法を選びます。

重要なのは、週次や月次で必ず確認する習慣をつけることです。

よくある失敗例

NSM設定でよくある失敗パターンも押さえておきましょう。

失敗1:売上をNSMにしてしまう 売上は結果指標であり、「どう改善するか」が見えません。NSMはもっと上流の、顧客行動に近い指標であるべきです。

失敗2:複数指標を並列で追ってしまう 「売上も大事、リピート率も大事、新規獲得も大事」とすべてを追うと、結局優先順位が曖昧になります。NSMは「たった一つ」に絞ることに意味があります。

失敗3:短期的な数字に振り回される NSMは中長期的な成長指標です。キャンペーン期間だけ跳ねる数字ではなく、持続的に改善できる指標を選ぶべきです。

NSMを分解する「インプットメトリクス」

NSMを設定しただけでは、まだ不十分です。NSMという大きな指標を、実行可能な小さな指標に分解する必要があります。これを「インプットメトリクス」と呼びます。

なぜ分解が必要か

例えば「月間アクティブバイヤー数」がNSMだとしても、この数字を明日からどう増やせばいいかは見えません。この指標を要素分解することで、各部門が取り組むべき具体的な改善ポイントが明確になります。

分解の具体例

「月間アクティブバイヤー数」を分解すると、

月間アクティブバイヤー数 = 新規購入者数 + リピート購入者数

さらに分解すると、

新規購入者数 = サイト訪問者数 × 転換率 リピート購入者数 = 既存顧客数 × リピート率

これにより、「訪問者数を増やす施策(マーケティング部門)」「転換率を高める施策(サイト改善チーム)」「リピート率を上げる施策(CRM部門)」と、各チームの役割が明確になります。

各部門の連携

重要なのは、各部門が自分のインプットメトリクスだけでなく、それが最終的にNSMにどう影響するかを理解することです。マーケティング部門が訪問者を増やしても、転換率が低ければNSMは伸びません。全員が同じ北極星を見ながら、自分の持ち場で最善を尽くす文化が生まれます。

Rakuten/Yahoo!ショッピング出店者向けの実践例

モール出店者の場合、自社ECと異なる制約があります。特にデータ取得の限界があるため、現実的なNSM設定が必要です。

モール特有の制約

楽天市場やYahoo!ショッピングでは、顧客の詳細な行動データや、他店舗での購入履歴などは取得できません。また、モール全体のプロモーションの影響を受けるため、純粋な自店舗の施策効果が見えにくい側面もあります。

実践可能なNSM例

NSM候補1:月間リピート顧客数 RMSやストアクリエイターProで取得できる「リピート客数」は、モール出店者にとって最も追跡しやすい指標です。この数字を増やすことに集中すれば、自然と売上も伸びます。

NSM候補2:月間購入者あたり平均購入回数 購入者数が100人で、総購入回数が150回なら、平均1.5回です。この数字が1.5→1.8→2.0と伸びていけば、顧客のロイヤリティが高まっている証拠です。

RPP/PRO広告との連動

楽天のRPP広告やYahoo!のPRO広告を運用する際も、NSMを意識します。

単に「広告経由の売上」を追うのではなく、「広告経由で獲得した顧客のうち、その後リピート購入した人数」を追跡します。これにより、単発の売上を作る広告ではなく、長期的な顧客を獲得できる広告に投資できます。

モール内分析ツールでの追跡方法

楽天RMSの「データ分析」機能や、Yahoo!ショッピングの「ストアマッチプラス」などを活用し、月次でNSMの推移を記録します。スプレッドシートで簡易的にでも継続的に記録することが重要です。

NSM運用の成功事例

実際にNSMを導入して成果を上げた事例を紹介します。

事例1:D2Cスキンケアブランド(A社)

設定したNSM:月間2回以上購入者数

A社は、自社ECで展開するスキンケアブランドです。以前は月商を最重要指標にしていましたが、新規獲得キャンペーンで一時的に売上が伸びても、その後継続しない課題がありました。

NSMを「月間2回以上購入者数」に設定したことで、組織の方向性が大きく変わりました。

実施した施策:

  • 初回購入から2回目購入までの期間を分析し、30日後にパーソナライズされたフォローメールを自動送信
  • 2回目購入時に次回使える500円クーポンを同梱
  • LINE公式アカウントで、肌悩み別のコンテンツ配信

成果: 6ヶ月でNSMが120人→285人に増加。結果として、月商も1.8倍に成長しました。重要なのは、売上を追わなくなったことで、むしろ売上が伸びたことです。

事例2:食品サブスクEC(B社)

設定したNSM:継続3ヶ月以上の会員数

B社は、月額制で旬の食材を届けるサブスクリプションサービスです。新規会員獲得数を重視していましたが、初月で解約する会員が多く、収益性が低い状態でした。

NSMを「継続3ヶ月以上の会員数」に変更したことで、獲得施策よりも継続施策に予算を再配分しました。

実施した施策:

  • 1ヶ月目、2ヶ月目、3ヶ月目でそれぞれ異なる「食材の楽しみ方ガイド」を同梱
  • 会員限定のオンライン料理教室を月1回開催
  • 継続3ヶ月達成時に限定商品をプレゼント

成果: 3ヶ月継続率が38%→61%に改善。NSMは450人→1,240人に増加し、LTV(顧客生涯価値)が大幅に向上しました。

NSM導入時の注意点

NSMを組織に導入する際は、いくつかの注意点があります。

経営層・現場の合意形成が必須

NSMは全社で追う指標です。経営層だけが理解していても、現場が従来の売上目標を追い続けていては意味がありません。

導入前に、「なぜこの指標なのか」「どう顧客価値につながるのか」を全員で議論し、納得感を作ることが重要です。

短期的な売上との葛藤をどう乗り越えるか

NSMを追い始めると、短期的には売上が伸び悩むことがあります。例えば、新規獲得キャンペーンを抑えてリピート施策に予算を振り向けた場合、当月の売上は下がるかもしれません。

この葛藤を乗り越えるには、経営層が3〜6ヶ月のタイムスパンで評価する覚悟が必要です。NSMは中長期の成長戦略であることを、組織全体で共有しましょう。

四半期ごとの見直しと柔軟性

NSMは一度決めたら永遠に変わらないものではありません。事業フェーズが変われば、最適な指標も変わります。

スタートアップ期は「月間アクティブ顧客数」を追い、安定期に入れば「月間リピート購入回数」に変更するなど、四半期ごとに「この指標は今も最適か?」を検証する習慣をつけましょう。

ツール選定

NSMを継続的に追跡するには、適切なツールが必要です。

  • Google Analytics 4:サイト訪問からCVまでの行動分析
  • Shopifyアナリティクス:Shopify利用者向けの購入分析
  • 楽天RMS / Yahoo!ストアクリエイター:モール出店者向け
  • Tableau / Looker Studio:複数データソースを統合したダッシュボード作成

自社の予算と技術リソースに応じて選定しますが、最初は簡易的なスプレッドシート管理でも問題ありません。重要なのは、毎週必ず数字を確認する習慣です。

まとめ

ECビジネスの持続的な成長には、「正しい指標」を追うことが不可欠です。売上や利益という結果指標ではなく、顧客価値とビジネス成長を同時に表すノーススターメトリクスを設定することで、組織全体が同じ方向を向いて進むことができます。

NSMは魔法の杖ではありません。一晩で劇的な変化をもたらすものではなく、地道に改善を積み重ねるための羅針盤です。しかし、正しい方向を向いて進み続ければ、必ず目的地に到達できます。

まずは自社の顧客価値を言語化することから始めてみてください。「顧客は何のために、自社ECで購入するのか」。その答えが、あなたのビジネスにとっての北極星になるはずです。


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この記事を書いた人

飯村 康男のアバター 飯村 康男 JPholic株式会社

JPholic株式会社 代表取締役
GMOクラウドEC エバンジェリスト

大学在学中にEC事業で起業。以降15年以上にわたり、EC・デジタルマーケティング領域に一貫して携わる。
自社EC・モール型EC(楽天・Yahoo! 等)の双方で実運用を行い、立ち上げからグロース、運用改善までを経験。

現在は自社ECの運営に加え、複数のクライアントECを支援。

広告運用・SEO・CRM・UI/UX改善などを横断した実践的なEC改善を得意とし、「机上の理論ではなく、売上につながる打ち手」を重視している。

ECNOWでは、現場視点をベースに「これからECを始める人」から「伸び悩んでいる運営者」まで役立つ、実務に直結する情報を発信中。

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